野村達雄の経歴やプロフィールについて!気になる年収や結婚情報も

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皆さんは野村達雄(のむら たつお)という凄腕ゲームプログラマーをご存知でしょうか。

実はこの人物、皆さんも良く知るあの大ヒットゲームの開発に携わった方なんです。ということで、今回はこの天才プログラマー「野村達雄」さんについて記事を書いていきたいと思います。

記事内容としては、野村達雄さんの素顔に迫るようなものにしていきたいと考えて、これまでの経歴から気になる天才の年収。そして結婚情報など、プライベートな情報についてもご紹介していく予定です。

すこし前置きが長くなりましたが、さっそく記事を書いていきましょう。

野村達雄の素顔に迫る!気になる経歴などのプロフィール情報について

まずは野村達雄さんについて簡単にプロフィール情報をまとめてみましょう。

■野村達雄のプロフィールについて

  • 名前:野村達雄(のむら たつお)
  • 出身地:中国黒竜江省(こくりゅうこうしょう)生まれ、長野県長野市出身
  • 年齢:31歳
  • 活動拠点:米国
  • 学歴:信州大学工学部情報工学科
  •   :東京工業大学大学院情報理工学研究科修士課程
  • 職業:システムエンジニア(SE)、ゲームクリエイター

まずは野村達雄さんに関連する情報をざっくりとまとめてみました。出身は中国黒竜江省(こくりゅうこうしょう)のようで、「中国残留日本人3世」という異色の経歴を持っている人物でもあります。

ちなみに、中国残留日本人についてはどんな人達なのか調べてみると、ウィキペディアに解説が載っていました。

中国残留日本人(ちゅうごくざんりゅうにほんじん)は、第二次世界大戦末期のソ連軍侵攻と関東軍撤退により日本へ帰国できず、中国大陸に残留した日本人である。

引用元:ウィキペディアより

そして、3世ということですので、「孫世代」ということになります。

戦後70年以上が経過した今なお、こういった問題が残っており、戦争の悲惨さを痛感させられます。

ちなみに野村さんは中国にある黒竜江省という場所で生まれ、幼少期を中国で過ごされたようですが、9歳になられるころに、日本に移住されています。

移住先は長野県長野市で、親戚を頼り一家で移住されたようです。中国での生活は貧しく、とても辛い経験だったそうです。

日本に移住されてからも言葉の壁にぶつかります。

当時は日本語が話せなかったようですが、だんだんと言葉の意味が理解できるようになり、中学生になる頃には独学でプログラミングを習得できるほどになられたんだとか。

もちろん参考書は日本語表記のものだと思いますし、相当の努力をされてきたのだと感じました。

パソコンも当時、新聞配達の仕事をされていたようで、おそらく自力で調達したのだと考えられます。

ちなみに、大学を卒業されてから、プログラマーとしての経歴は以下の通り。

・2011年にGoogl株式会社(日本)に入社
・2012年、Googlのエイプリルフール企画「ファミコン版Googleマップ」を担当
・2013年、Googl Inc(本社)に移動。「Googlマップ宝探し」企画担当
・2014年、Googlマップ「ポケモンチャレンジ」企画を担当
・2015年、Googl社内のアプリ開発チームNiantic Labsに所属
・2015変、Niantic Labsから独立した企業Niantic Incに移動。ポケモンGOを担当

はぐれめたる より

この経歴でピンときた方もいらっしゃるかと思われますが、実は、野村さんの作ったゲームは世界的にブームが巻き起こった「ポケモンGO」だったんです。

しかも、開発プロジェクトのリーダーを務めていたんだとか。まさにエリート中のエリートですね!

ではなぜ、幼き頃の野村さんはプログラミングに興味をもったのでしょうか。実はこのきっかけを作ってくれたのはとある恩師の存在がありました。

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