山田和樹の経歴やプロフィールから読み解く、のだめとの関係性とは?

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のだめカンタービレが一世を風靡したのは、2006年10月頃のこと。今から約12年前の話であるわけだが、「もうそんな時が経つのか」なんて考えながら、この記事を書いている。

のだめカンタービレから切っても切れない二人のキーマン。野田恵と千秋真一であるが、その二人の主人公に、実はモデルがいたと言われている。

 

今回は、当時の視聴者を釘付けにした千秋先輩のモデルだと言われている人物の一人、「山田和樹」さんについて記事を書いていこう。

具体的には、山田和樹さんのプロフィール情報やこれまでの経歴から、のだめカンタービレとの関係性について紹介していく予定だ。

「なぜ、山田和樹さんが『リアル千秋』と呼ばれているのか?」

彼のこれまであゆんできた人生の軌跡から、この二人の共通点を探りたい。

 

山田和樹のプロフィールや経歴から読み解く、のだめカンタービレとの関係性

「リアル千秋」と囁かれている理由を探る前に、まずは、山田和樹さんについてどんな人物なのか、プロフィール情報やこれまでの経歴にふれていこう。

■山田和樹のプロフィール

  • 本名:山田和樹(やまだ かずき)
  • 生年月日:1979年1月26日
  • 出身地:神奈川県秦野市生まれ
  • 出身高校:神奈川県立希望ヶ丘高等学校卒業
  • 出身大学:東京芸術大学音楽学部指揮科
  • 職業:指揮者

山田和樹さんの出身は、神奈川県秦野市。幼少の頃から、ピアノや合唱にふれ、普段の生活の中に「音楽」が、一般的な家庭より身近な存在だったようだ。

だが、彼の育ち方は少し特殊で、いわゆる英才教育を施されたわけでない。山田和樹さんの母は、その教育方針について尋ねられる機会が多いそうだが、答えはいつも「特別なことはやっていない」と返ってくる。

そして、一度も「勉強しなさい」と咎めることはなかったようだ。

音楽が身近な存在にあった彼は、親から無理やり音楽を習わされるのではなく、自発的に音楽へと興味を持ったのである。本当に好きなこと、熱中できることだったからこそ、若くして、数多くの偉業を残せたのだ。

そのことをよく理解していたからこそ、音楽の世界に自然と興味がいくよう環境づくりに徹したのだ。

 

山田和樹さんが本格的に指揮者を目指すきっかけとなった出来事は、高校3年生の頃。当時、所属していた吹奏楽部で指揮を経験したことで、指揮者の道に進むことを決意したようだ。もちろん、その他にも指揮者を夢見る動機はあったのだと思うが、この出来事を経験することで、興味から夢へと変わっていったのだろう。

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